12「公共の場での振る舞い」の作法

「子どもは立っていればいい」という躾

私が子どものころは、電車やバスに乗ったとき席が空いていても、「子どもなんだから、立っていなさい」と言われることがよくありました。親の膝には乗れない年齢、たぶん6歳くらいから小学生のあいだくらいかな。
お年寄りが乗ってきたときに、いっしょに並んで座っている親に言われて、子どもの自分だけが立って席を譲ったこともあったような。
でも、いまは、「子どもだから座らせる」という光景をよく見ます。お年寄りが目の前にいても、子どもが席を譲るのをみたことはありません。
みなさん、どう思う? 私は「子どもは立っていればいい」と思うのだけど。

 コメント

「子どもは立っていればいい」に原則的には賛成です。ただし、その前に「元気な」という条件が付きます。
私が子どものころを振り返ってみると、かなり病弱な体質だったので母はできるだけ私が座れるように気遣っていたように思います。実際しょっちゅう乗り物酔いをしていたし、小学校五年生になるまでは、遠足にも母が付き添って来ていました。昔は珍しくなかったのですよね。
乗り物酔いをする体質は、同じ人間でもとくに大人より子どものときに多い気がします。子どもはあらゆる意味で完成途上にあるわけで、内臓の強さと同様に、身体の構造としても大人に比べると頭が大きく、身体のバランスが悪いようにも思います。ちょっとした振動では大人より倒れやすいかもしれません。鉄道の事故を見聞きするにつれ、ふだんどうして短距離のバスや電車では立ったままで、シートベルトをしないでいられるのか、と思ってしまいますが、そういうときできるだけ子どもがケガをしないように、と親でなくても考えると思います。最近の親が「子どもだから座らせる」の中には、こうした危機回避の意味も含まれているのではないでしょうか。

投稿者 addneko : 2005年08月09日 06:02

たしかに「元気な」は大事な条件ですね。

急に思い出したのだけど、私は小児喘息ですぐ自家中毒を起こし、乗り物酔いもばっちりする子どもでした。
そんな私に、お医者様は「自律神経の訓練のために、電車のなかで何にもつかまらずに立っているようにするといいよ」と指導してくれたんです。
あの指導って、昔流なのかしら。今も、そういう考え方、あるのかしら。

投稿者 辰巳渚 : 2005年08月09日 12:54

たしかに「元気な」は大事な条件だし、「子どもはみんな元気!」とか言われて、からだの弱い子どもが悲しい思いをする社会であってほしくはないと思います。
けれど、子どもを「元気な子ども」「虚弱な子ども」に分けて、前者にだけ「立ってなさい」と躾けるとしたら、違和感があります。

昔、子どもを立たせていたのには「どうせおとなしく座ってなんかいないんだから」という大人の考え方もあったような気がします。最近の子どもはおとなしく座っているようになったんですかね。

投稿者 編集N : 2005年08月10日 10:43

「子どもは立っていればいい」! そうです、子どもの頃よくそう言われました。私の場合、席が空いていれば座っていましたが。席が空いていても「立っていなさい」になったのは、小学校3、4年生になってからだったように思います。
自分のことを思い出してみると、やはり3、4年生頃は体力が余っていて、別に席が空いていても座りたくなかったように記憶しています。
>どうせおとなしく座ってなんかいないんだから
編集Nさんのコメントにあったとおりです!
我が子にも実践していこうと思っています。上の子がもうすぐ7歳で、そろそろ口を酸っぱくしています。ちなみに、バスの中でバランスをとるのはまだ難しそうなので、バスでは積極的に座らせています。

最近の電車の車内を見ていると、やはり私が子どもだった頃(30年ほど前)より、子どもが電車に乗る機会が増えているし、距離も多くなっているのでは、と感じます。家族で遠くまで出かけるようになった、というライフスタイルの変化もあるのでは? うちの子も長距離を乗る時には、突如として地べたに座ってしまうこともあり、かえって邪魔になると思うので、様子を見ながらにしている時もあります。

そうは言っても、最近はやはり子ども及び子連れの乗客にやさしい、時として甘いと感じることもあります。3歳になるぐらいまで、子どもを抱いて電車に乗っていましたが、それだけでよく「どうぞ」と席を譲られました。とくに初老の、子ども達から見るとおじいちゃん、おばあちゃん世代からお声がかかります。自分の孫のように感じるからかな…少子化で子ども達が稀少価値になっているのかもしれませんね。 

投稿者 mogura : 2005年08月11日 21:44

今日も電車にたくさん乗ったのですが、感じたことをひとつふたつ。だいぶテーマがそれてしまって、すみません。

子どもだけでなくて、“電車で席を譲る”行為を最近本当に見なくなりました。初老の白髪の人たちが立っていても、若い人から主婦ぐらいの年代の人まで、あまり席を譲りませんね。席を譲るという行為は、ある年代以上にだけ通じる作法なのか? と、今日ふと、思ってしまいました。若くて席を譲ったりしている方がいたら、ごめんなさいね。もっとも私も電車では立っていることがほとんどなので、自分からは譲ったりしていませんが。

また私の場合、子どもが座っていて気になる場面は、小学生ぐらいの大きな子のことではなく、親が膝に乗せられる子どもを横に並べて、たっぷりとスペースをとって座っているというような場面です。以前、「疲れていたから並んで順番待ちをして、子どもと2人分の席を確保したのに、前に立ったおじさんに怒られた! せっかくがんばって並んだのに…」と憤慨していた友達もいましたが、やっぱり就学前の子どもは、運賃も払っていないから、膝に乗せるべきなんじゃない? と、別の友達と話しました。

どちらにしても躾をした親のスタンスの問題でしょうが、電車でのマナーをうるさく言う親なんて、最近は少ないのかな。

投稿者 mogura : 2005年08月13日 22:22

電車に乗る機会はあまりありませんが、我が子には、原則として、電車では子どもは立つようにと教えています。
ただ、電車が空いていて座りたい時、具合の悪い時は座っていいよ、と言います。
座った時も、お年寄りや具合の悪い人や妊婦さんが乗ってきたら席を譲ってねと。

車での移動が多い昨今、意識して足腰・バランスを鍛えて欲しいという思いと、
公共の場での身の置きかた、他人への思いやりを自然と身につけて欲しいという願いからです。

2才のチビを抱えて私は座ることも多いのですが、上の小学生の子どもはバランスの訓練だと言って
喜んで立っています。
が、小学校低学年の子どもが立てる場所は、つかまれる手すりのあるドア付近に限られてしまうので、
邪魔だし危ないと思うこともままあります。
座席に手すりのある新型車両ならいいんですが。

投稿者 mokuren : 2005年08月18日 21:46