15「身の始末」の作法

「自分が死んだとき」の話をする場合

私の母親はときどき思い出したように、「この写真をお葬式の写真に使ってね」「私が死んだらお墓はこうしてね」などと言い出します。悲痛な顔をしているわけではないので、私も笑って「わかった」と答えていますが、「どのくらい本気で考えているのかしら」と思うことも。だから、私のほうから「じゃあ、葬儀はいくらくらいかけるの」などと質問はしません。みなさんは、親しい人とのそういう会話で、詳しく話を詰めますか。

 コメント

まだ親とは真剣に話したことはないので、本人の身の始末の話とは言えないかもしれませんが、妹とは現実的な話しを、よくします。

昨年義母を亡くして、お葬式を出しました。その時に、本人や身近な人の間で、ある程度のコンセンサスがとれていることが必要だと痛感しました。もちろん急にいろいろな人が現れて、いろいろなことを言うものですが、ある程度の土台があるのとないのでは、物事の進行だいぶ違いがあると思います。

投稿者 mogura : 2005年04月09日 21:42

 供花、香典の儀は差し控えさせていただきます。というお断りをこのごろよく見かけます。
 本当に、受付は大変ですし、忌明けの品物選びや、挨拶状の作成など大変です。
 香典をお持ちするのに、いくらにしようかと悩むのも事実です。
 私の父のときはいくら包んでいただいたとか、調べなくてはなりません。
 供花香典は一切お断りします」
 このスタイルが平均的に定着するといいなと思います。

投稿者 美濃屋 : 2005年04月13日 16:57

もう20年も前にお茶の先生のご主人が亡くなられて、「供花香典は一切お断りします」の方式でした。まだそんなに一般的ではなかったせいか、受付で戸惑っている人が大勢いましたが、その度に受付の女性がとてもいい感じのお断りをしていたのを覚えています。すごくシンプルで、お茶の先生らしい良いお葬式でした。経済的に許せるならば、こうしたいですね。帰りに会葬お礼のはがきと塩はくれました。

投稿者 編集A : 2005年04月13日 17:19

編集Aさん、そういうときって、どういう言葉で断っていたのかしら。やっぱり、香典を持参した人に「持って帰ってください」と伝えるわけだから、出したものを引っ込めやすい言葉を用意していたと思うのだけど。

投稿者 辰巳渚 : 2005年04月13日 22:16

昔のことでよくは覚えていないのですが、「お気遣いいただきありがとうございます。ただ、この度は○○(喪主の苗字)の意向で、お香典はちょうだいしないようにと言われておりますので」と言うようなことだったと思います。受付の女性が丁寧に頭を下げている姿を覚えています。生前に話し合っておければ、「故人の意向で」とも言え、そのほうがお年寄りなどは納得しやすいかも知れませんね。

投稿者 編集A : 2005年04月14日 08:51

昨日、浜美枝さんのラジオ番組に呼んでいただいて、収録がありました。そこで、似たような会話が。

浜さんは、「行きたくないパーティには行かない」などとはっきりしている方ですが、お母さんはさらにきっぱりした方だとのこと。お父さんのお葬式で、事前に「供花はご遠慮いたします」と申し出ておいたにも関わらず、お花屋さんに届けさせる人がたくさんいたそうな。

玄関にお花屋さんが来ても、お母さんは「いりません」ときっぱり。そばで見ていた浜さんは、「それではお花屋さんも困るだろう」と勝手口からこっそり受け取っていたそうです。

こういうエピソードを聞くと、要は「断り方」というテクニック以前に「断る」という決意(?)なのかな、と改めて思います。

投稿者 辰巳渚 : 2005年04月21日 08:35

18年前に亡くなった父は「葬式はいらんが、お前たちの都合もあろうから好きにしろ。」と言っていました。実際に亡くなってみると周囲の干渉が激しく、結局振り回された形で何一つ父の望み通りにはしてやれませんでした。
母は90歳。認知症で特養のお世話になってはいるものの、健康です。しかし、人間いつどうなるかわからない。もう父の時のように、ばたばたと流されるのはごめんです。たまたま、私と夫の共通の友人が葬儀社に勤めているので、先日葬儀場に案内してもらいました。その際、いろいろと話し合って、費用の相談などもしました。別に母のためだけというわけではありません。私にしても夫にしても必ずその時は来るのですし、今のところ特別な式などは考えていないので、業者の世話になるつもりですので。

投稿者 pitter : 2005年05月20日 23:00

私の祖父のときの話ですが、私たちの会社が霊柩車等を製作していることもあり、葬儀屋から霊柩車の手配、斎場の指定まで、会社としての付き合いもありましたので、ものすごい悩みました。
今思えば、仕事以上に周り(お取引業者様等)に気を使い、こちらが生きた心地がしませんでした。結局は霊柩車だけでも4台、関係各社は全部で10社以上に及ぶ葬儀屋オールスターズだったのを今でも思い出します。断れるものは何一つ無く、結果的にすべてお任せ状態になってしまいましたが、それが一番良かったのかも知れません。
父は「俺が死んだら俺が造った車に乗せてくれ。」とよく言いますが、私はいつも「そんなこと言う暇あったら仕事してくれ。」と茶化しますが、身内に不幸があったときのことなど、やはり考えたくもありませんね。生きている今を大切にいつまでも長生きしてほしい、それが本心です。

投稿者 sjk : 2005年05月30日 23:45

田舎の葬式は隣近所など地域の慣習や柵があって大変です。
10年ほど前に実家で祖母の葬儀の時、隣にある私の家は、
葬儀の手伝いの方々の休憩室・控え室と化し、全面禁煙の我が家で、
煙草は勝手に吸いだすわ、畳は焦がすわ、
台所は近所のオバハンに占拠された挙句床に料理の煮汁がこびり付き、
ガス台やシンクも汚れ放題のまま去っていき、後始末が大変でした。
それ以降、今後身内の葬儀はやらないか、やっても香典・供花辞退方式と考えています。
コストもばかになりません。家族に対しては、
私が先に死んだ場合は、葬儀なし、戒名なし、骨は粉にして川に捨ててもいいしどうでもいい。
3回忌・7回忌など一切不要。
故人のために余計な金は使わず、残った者のために使うべきと言っています。
しかし現実に直面したら、近所や親戚が口出ししたりして五月蝿いと思われるので、
遺言で残し、うるさ型候補者達と酒でも飲んだ時に、その手の話を
持ち出して、頭の隅に記憶させておこうと計画しています。
葬式をやるなら、黒澤明の「夢」という映画の笠置衆が主演していた、
長野の山葵園で撮影した、あのパターンしかないと思っています。

投稿者 通行人N : 2005年06月03日 17:36

> 10年ほど前に実家で祖母の葬儀の時
そういう実体験は、家族と話をするきっかけになりますよね。

祖母の納骨のとき、叔父たちが「(お墓の維持の)費用のこととか、次に(墓に)入る兄さんがちゃんと考えてくれよ」などと話していましたっけ。

投稿者 編集N : 2005年06月03日 17:51

 父が亡くなって丸3年になりますが、いまだ納骨していません。
本人が死ぬのが怖くて何も準備していかなかったので今になって 行き場が無い有り様。この際母が亡くなったら一緒に葬ろうかと考えています。親戚なるものも少なくなり、口出しをされはしませんが、私が一人で何もかも決めて始末を付けるのは力が足りない為、しんどいものです。かなり変わった環境なので一般常識で乗り切れない部分もあり、私自身は40台半ばですが、父の死をきっかけに遺言状を書き、一応の身の始末を付けられるようにしました。残された人に迷惑を掛けたくないから。主人の実家にも遺言状の置き場所を教え、いざという時に連絡する人のリストを渡し、今できることは皆やってみました。後はのとなれ山となれ。そんな所でしょうか・・・。

投稿者 かぼちゃプリン : 2005年07月03日 17:19

私個人としては、たとえばもしいま親が死んだら、
かなり“迷惑”“面倒”だとは思うのですが、
だからといって事前にいろいろ打合せ(?)をしておこうとは
思いません。
そういう“迷惑”“面倒”は、避けるものではなく順送りに受け入れるもの、という気持ちがあるので。
ある程度の面倒を引受け、自分も誰かに面倒をかけていく、という考え方は、駄目なんでしょうか。

投稿者 REI : 2005年07月04日 23:11

かぼちゃプリンさんの経験した「行き場がない」というのが、身内が亡くなったときに直面して、もっとも困るケースですね。我が家の場合、亡父と母(元気)の宗教が違うこともあって、母がなにかの意思を示してくれないと、ほんとうに「行き場」がなくなってしまう。

私は、世の中って、REIさんの言うように「ある程度の面倒を引受け、自分も誰かに面倒をかけていく」ものだし、そういう寛容さがあるほうが暮らしいいな、と思います。

「面倒をかけないぞ!」と気張って身の始末を考えておく必要はないけれど、「自分としては(今のところ)どうしてもそうしてほしいこと」を表明しておくほうがいい、ということかしら。

投稿者 辰巳渚 : 2005年07月05日 09:34

迷惑を掛けたり掛けられたりしながら生きられると本当にいいですよね。
 私の場合は、一人っ子で子供なし。夫より先に死ねば、迷惑掛けても構わないけれど、私が残ると天下の困り者。父の場合も
娘だから許しているけれど、他人だったら嫌だと思うわ。
 
 他人に世話になる確率が高いので、とにかく自分としては
ここまではやったからあとは何とか宜しくとお願いするしかないのです。少子高齢化とはこういうことかもしれないと実感してます。

 それから、仏壇に悩んでいる友達もいます。やはり一人っ子で
嫁に行き、実家の仏壇を親亡き後、どうすればいいのか・・・。
お墓も無縁になっちゃうし、意外にこのケースは多くなると思います。
 彼女の場合、お父様はなくなっているし、お母様は認知症で
彼女の顔もわからないので、尋ねたくても相手が無い状態。

親がしっかりしている間に少し気が引けるとは思いますが、話し合った方が良い事だと思います。

投稿者 かぼちゃプリン : 2005年07月05日 20:25

うちは核家族です。
死んだら天国へ帰るので、お墓は作らないと決めています。
火葬場から骨も持って帰らない or 海に撒く(いいのかな?)
と主人と二人で話しています。

投稿者 ふろんてぃあ : 2005年08月31日 13:11

このあいだ夫に「あなたが死んだらどうしてほしい?」と訊きました。すると、「どうでもいいよ。死んだら消えるんだから」と。
「好きにして」ということでしょうが、それもどうしていいかわからない返事ではあるな、と思いました。

じゃあ、私自身はどうしてほしいのか。やっぱり「どうでもいいよ、好きにして」になっちゃうんですよね、これが。
でも、「父方の先祖代々の墓に入るのは嫌だ」(誰も跡継ぎがいなくて、さびしいお墓になっているから)などの、「嫌なこと」はある。
嫌なことだけ伝えておくのも、考え方のひとつでしょうか。

投稿者 辰巳渚 : 2005年09月01日 15:43

辰巳さん、皆さん、初めまして。

関東地方在住の主婦です。

「身内の誰かが死んだら」も大変ですが、死んだ後も大変です。
夫の身内が(私どもの結婚前に)亡くなったのですが、その後の法事などを仕切る人(夫ではない)が、かなり、先祖供養や宗教に対して?????な人で....
あまりうるさくないのは楽なのですが、あまりの宗教感覚の違いに、ストレスがたまります。
先日も、お布施のことで(お寺さんのいないところで)文句をたれ...
夫の実家は跡取りではなく、身内が亡くなる前に、本来の家の宗派でも、実家で信仰している(既存仏教:家の宗派とは別)宗派でもないお寺のお墓を買いました。
しかし、お布施の額(「お気持ち」なのだから、相場にこだわらないで、自分の納得する額をさしあげればよいのに)でそこまでぐじゃぐじゃ言うのなら、お寺のお墓を買わないで、「○○霊園」のような墓を買えばよかったのに、と嫁は思うのでした。

この人が(遠い? 将来)死んだら、「三回忌までは、その人の意向を汲んで、信仰している宗派のやり方で法事をする。そこから先は、縁あって、このお寺に墓を買ったのだから、このお寺の宗派のやり方で法事をする」と、夫や夫の親戚に宣言してます。

ちなみに、我が家(夫の実家は含まない)はお墓こそ仏式ですが、基本的には神道の信者です。

投稿者 葉桜 : 2005年09月21日 09:33

葉桜さんもコメントされている通り、お墓をたてたらおしまいではないので大変ですよね。
法事に墓守に仏壇にと後に残った者としての責任があるから。
でも、後に誰か残るのはまだいいのかな。
私は、姉妹なので、嫁に行った以上、父母のお墓に最後まで責任が持てない。(と、皆思っている)
母は、家族葬をひっそり行なった後は献体に出して共同墓地に入ると頑なです。
それを聞く度に、「それでいいのかな」と何だか寂しくなります。
墓は残された人のためのものだから、本人の好きなようにさせてくれと言われればそれまでですけど。

そもそも嫁ぎ先のお墓には、入りたくないという意志は尊重されるのかしら。

投稿者 mokuren : 2005年09月22日 19:49

突然父が、母方の実家のお墓に入りたいと言い出しました。名字も宗教も違うのですが、母や娘二人(そのうちの1人が私です)が近くに住んでいる、都下のお墓を身近に感じたようです。我が家でお墓参りといえば、この都下のお墓に行くことが多かったもので…。何かよい方法を見つけて、父の希望に沿うようにしてあげたいな、と思っています。
私も結婚して姓は変わったものの、いちばん身近なお墓はやはり母方の姓のこのお墓。最後まで責任持てるかは分からないけど、ずっと気にかけていきたいなと思っています。自分もここに入りたいな、と思うことも。もっとも、夫に話したことはまだありません。そのうちいろいろ話していかなくてはいかないのでしょうが、
父母世代の行き先(お墓)がまだ決まらないこともあり、切り出しかねています。

投稿者 mogura : 2005年09月24日 21:56