公共の場で怒った経験・怒られた経験
菊池正郎さんのコメントで、「道を歩いていてぶつかりそうになると、西欧では、避けるのが普通です。最小限のマナーだと思いますが、残念ながら、日本では、まだ、これが徹底していません」という指摘がありました。
公共の場ではいろいろと嫌な目に会うこともありますが、みなさんがじっさいに公共の場で誰かを怒った(注意した)経験はありますか。あるいは怒られた(注意された)経験は? その経験は、その後、生かされていますか。
お恥ずかしい話ですが、最近、私はレジ前で人に怒られた(「注意」ではなく)経験があります。
レジ係の人が品物を計算しはじめてから、買い忘れた物に気づいて、いっしょにいた夫が「ちょっと取ってきます」と走っていったわけです。でも、品物の計算が終わっても、帰ってこない。
それで、レジ係の人に「会計を済ませたほうがいいですかね」と訊いたけれども、レジ係の人も「よくあることだ」と思ったのでしょう。黙って店内のほうを見ているだけなので、つい私も待っていました。
それでも帰ってこないので、しょうがないと思ってお金を出し始めたときに、夫が走って戻ってきました。
それで、「待たせてすみません」とレジの人に言ったときに、後ろで並んでいた人が「こっちに謝るべきでしょう!」と怒ってしまったのでした。
ちゃんと後ろの人にも謝るべきだったし、待たせるのは失礼だったのだから、「ごめんなさい」と謝ったけれど、公共の場で語気鋭く怒られたのは滅多にない経験でした。ちょっとどきどきしてしまって、どきどきさせられたことに少しばかり腹が立ったのも、事実です。
それでも、「やっぱりレジで追加の物を取りに行くのはやめよう」と思うようになったのだから、怒られてよかったと自分に言い聞かせています。
「子どもは立っていればいい」という躾
私が子どものころは、電車やバスに乗ったとき席が空いていても、「子どもなんだから、立っていなさい」と言われることがよくありました。親の膝には乗れない年齢、たぶん6歳くらいから小学生のあいだくらいかな。
お年寄りが乗ってきたときに、いっしょに並んで座っている親に言われて、子どもの自分だけが立って席を譲ったこともあったような。
でも、いまは、「子どもだから座らせる」という光景をよく見ます。お年寄りが目の前にいても、子どもが席を譲るのをみたことはありません。
みなさん、どう思う? 私は「子どもは立っていればいい」と思うのだけど。
「電車内の化粧」は条例で取り締まる行為なのか
一部テレビや新聞でも報道されたとおり、石原都知事は「公共空間において多数の者を不快にさせる行為の防止に関する検討会」で、マナーの低下に伴う迷惑行為を取り締まる条例を作るかどうかを検討しているといいます。「電車内の化粧」「酔っ払って人にからむ行為」「公共の場所に座り込む行為」などを「みんなが不快になるから取り締まるべきだ」というわけですが、公共のマナーってそういうふうに上から押し付けられるものなんでしょうか。私の意見は毎日新聞の取材でお話しましたが、みなさんの意見を聞かせてください。このテーマは、来週(6月3日〜)の投票テーマにする予定です。
電車のなかで他人のことをどこまで配慮できるか
投票では女性専用車両についての感想を聞きましたが、そもそもは電車の閉じられた空間に他人同士が一定時間いっしょにくっつきあっていることが、人間にとって生理的に不自然なことなのに避けられない、という現代の状況が根っこにあることですよね。それで、多くの人が、腕組みをしたり音楽を聴いたり携帯をいじったりして、他人を遮断して「自己防衛」しているのだと思います。
さて、正直なあなたの気持ちを考えてみてください。「自己防衛」が必要なほど不自然な状況にあって、あなたはどのくらい他人のことまで配慮できますか。ある人がまわりを遮断するために携帯をいじっているのだとしたら、あなたはその人のことを許せますか。具合の悪そうな人に席を譲ることで、混雑した車内で他人にもみくちゃにされるのは、ほんとうに「人のため」にできることですか。
電車で席を譲ってほしいとき
電車で「どうしても席を譲ってほしい」と思ったことはあるでしょうか。私は、一度だけ、ひどく気分が悪く貧血状態になり、立っていられなくなったとき、座っている人に「気分が悪いんですけど、座らせていただけないでしょうか」と頼んだことがあります。その人はぱっと席を立ってくれましたが、とてもドキドキしました。逆に、妊娠中、あまりに混んでいるので身を守るために座りたかったときには、言い出しかねて我慢しました。口に出して頼めば、誰でもすぐに譲ってくれるものでしょうか。