◆新作法◆香典返しは品物よりも心を込めた手紙を
「香典返しはほんとうに必要か」では、品物を返すかどうかはたいした問題ではなく、遺族にとっての「喪の作業」として香典返しの作業がたいせつなのでは、という考え方が出ました。
たしかに、遺族にとって心の整理が少しはつきはじめる四十九日ごろに、なんらかの「喪の作業」があるのは必要なことだと思います。
その作業としては、「手紙を書き送る」のがいちばんいいのではないか。遺族にとっても心の整理になるし、受け取るほうにとっても近況が聞けて安心するものです。
一律に「香典返しのタオルを送る」といった習慣は、やめませんか。手紙はぜひ送る、どうしても品物を送りたい人にだけ品物を送ればいい、としませんか。
香典返しはほんとうに必要か
自分にとって少しでもゆかりのある人が亡くなると、かなしいものです。故人を悼む気持ちは、誰でも素直に持つから、時間が許せばお葬式に参列したり、香典をお持ちして、その気持ちを表そうとするでしょう。
さて、では、そのお返しに「香典返し」をいただくのは、どうなんでしょうか。
普通は、香典返しはいただくものですが、受け取る側として本当に必要ですか。
ないと「変だ」と思いますか。
もし、自分が伴侶や親の葬儀を出すことになった場合、香典返しは当然のように返しますか?
「お返しはなしで」と言われても返すのは
贈る側に立つと「お返しはいらないのに」と思えても、現実に贈り物を受け取った側に立つと「口だけで遠慮しているのかも」「それでも返しておけば、喜んでくれるだろう」と考えてしまい勝ちなようですね。
私は「お返しはいらない」と伝えたのに返してくる人って、つきあいづらい気がしてしまいます。だって、その人はふだんから「言葉と本音が違う」わけでしょう? こちらも本音で話しづらい気がしてしまうわけです。
さて、あなたは「お返しはいらない」と言われたのに返すのは、礼儀の範囲内と考えますか?
名前入りの引出物は健在か
いまどき新郎新婦の名前入りの引出物なんてあるのか、と思うのですが、一説には「もらったことがある」という人もあり、状況は不明です。最近、名前入りの引出物をもらった人、いますか。もらった物は、今現在、どうなっていますか。押入れの肥やしなのか、リサイクルショップの店頭に並んでいるのか、それとも日々、活用されているのか。報告を求む。
受け取って困った「お返し」
せっかくお返しの品をいただいたのに、開けてみて「これは・・・」と困った経験はありますか。辰巳の場合、困るのは香典返しです。思い出してみるだけで「グリーンの花柄のタオルケット」「好みではない味の煎茶」「うちでは食べない味付け海苔」「いかにも香典返しのハンカチ」などが思い浮かびます。みなさんは思い当たりますか。結局、その品物はどうしましたか。
「お返しはするもの」なのか
私の母には親しく行き来している友人のグループがあって、お互いに娘や息子の近況報告をしあって楽しんでいます。そのためか、私の結婚のときや出産のときなど、母の友人たちからお祝いの品をいただくことがよくあります。ほんとうにありがたいことなのですが、「お返し」について母親と意見が食い違う場面も生んでしまうのです。「お返しはしたの?」という母親と、「お礼だけじゃだめなの?」という私と。あなたにとって、「お返しはするもの」とストレートに考える機会はありますか。